コラム:片づけのプロはモノを通して変化を及ぼす(その3)

(前回からつづく) 「人とモノとの関係性」というテーマのコラムも、3回目となります。   前回、人々がシンプルライフを志向するのが困難である理由として、 「もっとたくさん」「もっと上に」が良いとされる社会に、私たちが生きている ことを挙げました。   そしてピーター・ウォルシュさんは、これこそが金融危機を引き起こした要因 のひとつである、と答えていました。 今回は、より多くのモノを持とうとする考え方が、人々の生活という小さい単位 から、世界レベルにまで問題を引き起こしている、という話からスタートします。   2008年のリーマンショックから始まった金融危機は、全世界に衝撃を与えましたが、 特に金融資本主義の先頭を走っていたアメリカには、相当なインパクトがあったようです。   モノを多く持つことが良い、という考え方が支配的であった社会に、 「これでよかったのだろうか」と自省するアメリカ人が増えてきています。 一方で、オーガナイザーたちは金融危機のずっと前から、少ないモノで豊かに暮らす ライフスタイルを提案してきたわけですが、さて、この情勢を著名なオーガナイザー、 ピーター・ウォルシュさんは、どう見ているのでしょうか。   「最近の金融情勢は、オーガナイザーが毎日目にしているような問題と同じ課題を、  いかに政府レベルでも作り出してしまっているか、を示すいい例です。  我々の社会は、『問題を解決するにはより多くのお金を使い、手段を投じればいい』と  いう考え方の見本となってしまっています。    そう、我々オーガナイザーがミクロレベルで見ているものを、マクロレベルで  再生しているのです」   この話を読んで、思い出すことがあります。お片づけのクライアント宅では、たくさんの 収納家具や収納グッズを見かけます。彼らは、「片づかない」という問題を解決するための 手段として「収納家具を買う」という選択をしたわけですが、室内空間が圧迫されるだけで 問題解決には至っていません。   ウォルシュさんの発言は、モノを買うことやお金を使うことで自分の問題を解決しようと いう考え方に対する疑問を、投げかけているのではないでしょうか。   「それに並んで問題なのは、人々が、より多いことがより良いことと信じ、  結果として家の中がモノであふれていることです。  そして彼らが、自分にはそうする権利があると信じていることも問題だと思います。    それだけではありません。    我々は世界規模で、崩壊しつつある金融市場と、資源が絶対的に足りない事実を 目の当たりにしています。それらは全て、今までやってきたようなスピードと方法で、 消費し続けることはもう不可能だ、ということの証拠なのです」   ウォルシュさんのおっしゃることを読んで、はっと気づいた事がありました。 アメリカのNAPO(米国プロフェッショナル・オーガナイザー協会)は1985年の設立、 今年で25周年となるので、私はアメリカ社会が「オーガナイザー」という職種を広く認知して いるものと考えていました。   しかし一方で未だアメリカは、世界を代表する(?)大量消費国でもあり、ウォルシュさんに よれば未だに「消費=善」という考え方が大勢を占めているという。アメリカ社会全体で 見れば、まだまだオーガナイザーの考える「少ないモノでも豊かに暮らせる」という理念を 受け入れている人は、少数派なのでしょう。   ウォルシュさんの主張からは、自分たちの仕事が社会をよくしていくはず、という明快な ヴィジョンと、今後も信念・主張が変わらない、という強い意志を感じました。   ウォルシュさんは社会情勢に関する質問の最後に、こう答えています。   「我々は、『負債』の反対語は『富』であると教えられてきました。しかし実際の 反対語は、『負債がない』ことです。我々が追い求めるべきは、負債がない状態 であったはずなのです」   2008年当時、アメリカの家計に占める負債の割合は危機的状況でした。 「豊か」になると信じてお金を使って(モノを買って)も、「富」には繋がらず「負債」が 増える一方。モノを買っても「豊かさ」を感じられないケースも多い。 金融危機後、実は「負債がない」ことの方が価値が高いと多くの人が気づいた。 負債の元となったモノが実はガラクタだったと気づいたら、脱力してしまいますよね。   ウォルシュさんの思いが通じたのか、現在のアメリカの家計の負債状況は、改善して いるようです。   示唆に富んだウォルシュさんへのインタビュー記事、まだまだ続きます。   吉島智美(2010/02/23+加筆)
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